
ハイタイ🌺ソムタム娘です。
浦添グスク跡を歩く①の続き。
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ラピュタの世界がひろがる浦添グスクの復元された城壁が美しい。
琉球王国時代の王族が安置されている墓として知られているのは首里にある「玉陵(たまうどぅん)」が有名。
実は浦添ようどれも琉球王国以前の王、英祖王によって造られた墓で、浦添グスクに所縁のある尚寧王の一族も安置されている。
「ようどれ」は沖縄の方言で「夕凪(ゆうなぎ)」....波風が静まる夕方の海風と陸風が交替する一時の無風の状態を表す言葉。
そこから転じて墓のことをそう呼ぶようになったといも言われている。
浦添グスク~復元された城壁

浦添ようどれへ向かう途中にある復元された城壁。

沖縄戦の際には前田高地と呼ばれ首里城へ向かう米軍を抑えるために防衛線としての役割を担った浦添グスク。
戦後の砕石によって城壁の石材が持ち出されたことにより当時のものはほとんど残っていないものの、発掘調査によってかろうじて残っていた城石を活かして復元されたのだとか。


前田高地壕群~「ありったけの地獄をひとつにまとめた」戦場

浦添グスクを歩いていると否応にも考えさせられてしまう沖縄戦のこと。
沖縄戦のときに日本軍の陣地壕として使用された前田高地壕群。
前田高地の北側は断崖絶壁で、当時日本軍は進軍しくる米軍が頂上に登り詰めたところで猛烈な攻撃を浴びせたことから、米軍からはハクソー・リッジ(のこぎり屋根)と呼ばれ怖れられた激戦地でもあったらしい。
1回の戦闘時間が36時間に及ぶこともあり、「ありったけの地獄をひとつにまとめた」戦場とも言われている。
その理由がもう一つ。
特に沖縄本島中南部には防空壕の他にも自然の洞窟(ガマ)が多く、地元住民の避難場所としても利用されていたことは有名で自分も知っていたけど。
大戸浜海岸へ行く途中で見た糸満市の「轟壕」もそのひとつ。
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「軍民混在」
沖縄戦で南部に追い詰められた日本兵が住民が避難していた壕に入り込み、そこを追い出された住民が戦場をさまようことを余儀なくされ、多くの犠牲にもつながったといわれている。
初めて知った。そんなことも沖縄戦当時にあったなんて。
調べれば調べるほど今では信じられないことが行われてた沖縄戦のときのこと。



さらにその先へ進んでいくと浦添ようどれがある。
浦添ようどれ~琉球王国以前に造られた王の墓


向かう前にここで少し事前学習、するのがおすすめ。
(ズンズン先へ進もうとするわたしとは違い、一緒に行った友人はちゃんとここで立ち止まって読んでた)

発掘調査時の浦添ようどれの様子。

時代ごとに見る浦添ようどれ。

(やっぱラピュタだ)


浦添ようどれは、浦添グスクへ入ってきたエントランス事務所とはちょうど反対外にある。

この階段を下って行く。
首里城の近くにある首里金城町石畳道と雰囲気が少し似ている。


自然の地形を生かして造られた「ようどれ」は断崖の洞窟を掘り下げて石積みで囲っているところも特徴的。
日本では古墳時代後期から奈良時代にかけてみられた横穴式墓とも似ている。


戦争前はここに岩盤と石積みでできたアーチ形のトンネルがあったらしい。
あの世に行くような雰囲気の....
(ラピュタの世界に入って行くような気分になる)



復元されたものとはいえ、沖縄の「グスク」特有の曲線を描く城壁と、精巧に積み上げられた石積み技術が素晴らしい。
因みに新都心にある沖縄県立博物館の外観のデザインにもこの「グスク」が取り入れられている。
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2005年に戦前の姿に復元されたようどれ。岩壁に並ぶ2つの墓。
墓室は向かって右側が英祖王が眠る墓。
左側が尚寧王とその一族が眠る墓。
13世紀に英祖王が浦添ようどれを造り、後に琉球王国の第二尚氏王統の第7第琉球王国の尚寧王が修復したと言われている。
尚寧王については本来「琉球国王」であれば首里にある玉陵(たまうどぅん)に入るのが当然だったが、彼が生まれ育ったのが浦添グスクだったため浦添ようどれに葬られたという説もある。




さらに下へ降りて浦添ようどれを見上げたところ。
自然の中に建つグスクの姿は何とも言えない荘厳な雰囲気もあって「ほぉぉ....」て。
思わずため息が出てしまう。


やっぱラピュタの世界だ。
観光地としては首里城のほうが断然知名度があって有名だけど、個人的にはここ浦添グスク・浦添ようどれも琉球王国時代の歴史を感じられる場所としてとてもよかった。
沖縄にお越しの際はぜひとも一度は訪れてみてほしいところ。
そして自分も今度は晴れている日にもう少しゆっくり見てまわりたい。
(実はこの後近くにあるOIC食堂へ行くために駆け足で見て歩いたので)
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以上、浦添グスク跡を歩く、でした。
本日も最後までお読みいただきありがとうございます🌺