
サワディーカー🐘ソムタム娘です。
外国人観光客がほとんどいなかったプラチュアップキリカーン。
実はわたしも今回の旅を計画するまでこの県名を聞いたことがなく、かの有名なリゾート地、ホアヒンもこのプラチュアップキリカーン県に属することも知らなかった。
タイのエリアとしては中部の一番南側、南部エリアとの境に位置する県で、以前訪れたことがある北部のランパーンのような古き良き街並みが残っている印象。
今日ぜひとも紹介したいのは、ビーチロードと比較的交通量の多いSala Cheep通りの間に平行して走るถนนสู้ศึก(スースック通り)について。
一歩足を踏み入れるとノスタルジックな風景が広がる、、、ここだけまた一段とゆったりとした時間が流れていてタイムスリップしたようなそんな気分になってしまう素敵な通りだ。
【プラチュアップキリカーン】昔ながらの歴史ある木造家屋とウォールアート/ถนนสู้ศึก(スースック通り)

今回プラチュアップキリカーンで滞在したホテルは、ビーチロード(ถนนเลียบชายทะเล/リアップチャイタレー通り)沿いに面していて海好きにはたまらない最高の立地だった。
毎朝このビーチ沿いと一本中に入ったถนนสู้ศึก(スースック通り)を散歩して市場へ行くのが日課となっていた。
このスースック通りがまたとても趣がありいい雰囲気で。もっとゆっくり散策したかったなぁと少し心残りでもある。(これはまた次回の楽しみにとっておくってことで)
สู้ศึก(スースック)通りの名前の由来と歴史
สู้ศึก(スースック)の「スー」は「戦う、立ち向かう」という意味で、よく普段の会話の中でも相手を応援するときに「スースー(頑張れ!)」と声をかけたりする。
「スック」は「戦争」という意味で、合わせると「戦争に立ち向かう」という意味になる。
※ถนน(タノン)は「通り」という意味。
なぜこのような名称が付いたかというと第二次世界大戦まで時代はさかのぼる。
(これも今回初めて知った)
戦争当時、日本軍がタイ国内の複数の箇所から一斉に上陸したたうちのひとつがここプラチュアップキリカーンのマナオ湾だった。
しかしながらこの上陸はあくまでマレー半島への侵攻を目的としたもので決してタイを侵略しようとしたわけではなかったという事実を知り内心、ホッ。
それでもタイ空軍基地のWing5を軍事拠点にしようとしていたことも事実....
悲しく不運なことに、日本軍側からタイ政府へ「決してタイと戦うことが目的ではなくイギリス領地へ行くために通過させてほしい」という内容の事前連絡をいれていたにも関わらず、プラチュアップキリカーンへの伝達が遅れたことにより、何も知らないマナオ湾にいた航空兵や地元の住民たちによる日本軍への迎撃に発展してしまったのだ。
1941年12月8日。
タイ軍人、警察、住民が一丸となって日本軍に立ち向かったという、タイ国家の主権を守ろうとして英雄行為がここの通り名の由来となっているんだとか。
タイ空軍のWing5への入口もスースック通りを南に行ったところにある。


タイ文化省によって文化遺産として認定された「スースック文化通り」

スースック通りはタイ文化省によって文化遺産としても認定されている。
第二次世界大戦時、タイ国家を守るために戦った歴史的な背景が評価された無形文化遺産としての側面と、そして戦争以前から現存する築100年以上経つ伝統的な美しい木造建築が今も残る有形文化遺産として高く評価されている。




街の歴史や住民の暮らしを伝えるウォールアート


スースック通りを歩いていると所々で目にするウォールアートも魅力のひとつだ。
通り沿いには随所にこのような絵が壁に描かれておりストリートマップにはその位置まで親切に教えてくれている。
散策しながらどこにウォールアートがあるか探すのも楽しいかもしれない。(今回は残念ながらできなかったけど)
またウォールアートはここで暮らす人々の生活の様子や歴史的な背景が描かれているのも特徴だったりする。

古くから漁師町として栄えたプラチュアップキリカーン。
夜になると海面には緑色に光る漁船が綺麗に見える。

今でも日曜日には伝統的な托鉢の風景を見ることができる。


タイ空軍基地Wing5にあるマナオ湾は日本軍が上陸した際に激戦となってしまった場所としても有名。



ประจวบฯ บ้านของพ่อ(プラチュアップ・バーンコンポー)と書かれた壁にはおそらく前国王であるプミポン様のお姿が。
「ประจวบฯ บ้านของพ่อ(プラチュアップ・バーンコンポー)」とは直訳すると「プラチュアップは父の家」という意味。
実はプミポン様が晩年多くの時間を過ごした離宮がプラチュアップキリカーン県のホアヒンにあるんだそう。
プラチュアップの人々の前国王への親しみをとても感じる。

この近辺の観光スポットの様子もギュッと。

ソイを抜けるともう目の前はビーチ。
ここに住む人たちの暮らしぶりが見られる


朝はスースック通りから市営の公設市場へもよく行ったっけ。

菓子パンとお菓子を売る専門店。
プラスチックの箱には色んな種類の菓子パンがこれでもかってぐらい並んでいた。

マッサージ屋さん。
この通りにはマッサージ屋さんも多くあった。
しかも1時間のタイ古式マッサージが200B。街中のお店はほとんどがこの金額の設定だったので、わたしが知る中ではどこの街よりも一番安い。
ナイトマーケットではフットマッサージが45分で100B!!


昔ながらの書店。


その場で作ってくれるサンドイッチ屋さん。
食べてみたかったなぁ。

古い木造建築の1階で営業しているクイッティアオ屋さん。
なんてことはない、ずーっと昔から変わることがなく続いているここで暮らす人々の普段の生活を感じることができる、そんな瞬間になんとも言いようのない幸せを感じてしまう....
バンコクよりもゆったりとした時間がここでは流れている。


同じプラチュアップキリカーン県内にある北側のホアヒンは完全に観光地化されてしまったビーチリゾートの街。
それに対してこの辺りはもっと田舎っぽい漁師町というか、あえて外国人観光客を誘致しようとしない独自路線。(タイ人観光客には人気)
できればこれから先もここはこのままの姿で変わらないでいてほしい....と個人的には思ってしまう。

妹に「地元の人みたい」って言われたわたし。
馴染んでて嬉しい。笑
本日も最後までお読みいただきありがとうございます🌺