
ハイタイ🌺ソムタム娘です。
日本だけど、日本じゃない。
そんな時代があった沖縄。
想像できないけど、パスポートがないと沖縄に行くことができなくて、ドル札が普通に使われていた時代がほんの5、60年前に確かにあった。
戦後の沖縄がどんなだったのか....その時代を生きた人たちの熱い想いが込められた映画、宝島。
沖縄のことをもう少しだけ知ることができたような気がする。
戦後の沖縄を描いた『宝島』~少しでも沖縄を知ることができたら
念願の宝島を鑑賞。
舞台となったのは戦後の沖縄のコザ(今の沖縄市)。
主演は妻夫木くんというめちゃくちゃ最適な配役だと思った。沖縄といえば妻夫木くん。涙そうそうも何回見たことか。
まだ農連市場があった頃の沖縄の空気感がものすごく好きで、沖縄に住み始めた頃に何回も観たっけ。
妻夫木くんご本人も沖縄のコザには強い想い入れがあるらしい。
上映時間は191分と3時間越え。
今回観に行ったゆいレール県庁前にあるシネマパレットはとても小さい映画館で、劇場もかなりコンパクト。席は半分ほど埋まっていて見た限り年齢層かなり高め。おそらく60歳以下の人はいなかったんじゃないかと。
なんかこうやって年齢層を見ただけでもこの映画が沖縄の人たち(一部かもしれないけど)にとっては何か特別な意味を持つものなんじゃないかと思えた。

沖縄がアメリカから日本へ返還されたのが1972年。
自分が生まれたほんの10年前って考えるとそんなに遠くはない昔の話。
今の沖縄に住んでいても想像できないけど。返還されるまで、戦後の沖縄はアメリカの統治下に置かれていてドルが普通に使われていたのだ。
宝島の舞台となったのはまさにそんな激動の時代の沖縄コザ。
特にコザは嘉手納基地という沖縄の中でも最も大きな米軍基地がある場所でその土地柄的にもアメリカ文化が今でも色濃く残っている。
当時の沖縄というのは日本だけど日本じゃない。
アメリカ人に自分たちの土地を奪われて基地をつくられて....沖縄の人たちの生活は相当ひどいものだったらしい。ただその一方でアメリカ人相手に商売をする人もいてかなり儲けていた人がいたのも事実。
(当時はベトナム戦争真っ只中で、沖縄の嘉手納基地はベトナムへ出撃する米軍基地の拠点となっていた)
米軍に対して恨みを持つ人も多く、米軍基地から物資を奪って住民に分け与える「戦果アギヤー」と呼ばれる若者グループの存在は、荒れ果てた生活の中ではヒーローのような存在だったに違いない。
作品の中ではそのグループの中心的な存在「オン」が米軍基地の中で失踪してしまい....その後、仲間たちがそれぞれのやり方でオンの行方を捜していく中で、当時の沖縄がどんなだったか、そこで暮らす人たちがどんな思いを抱いて生きていたのかが描かれている。
宮森小学校の米軍戦闘機の墜落事故、アメリカ兵による様々な事件や事故。アメリカ統治下の沖縄では、アメリカ兵が起こした事故などの罪を裁く権利さえ認められていなかったのだ。
日本人が死んでも日本の警察が捜査できない。加害者がアメリカ人だとアメリカに揉み消される....そんな今では考えられないようなあり得ない世界。(今もないとは言えないけど)
人を人として扱われないようなそんな生活に人々の不満が募ってゆき、一件のアメリカ兵が起こした交通事故をきっかけにして起きたコザ暴動。
(なんとなく聞いたことはあったような気がするけど映画を観るまで詳細は全然知らなかった)
沖縄での地上戦を経てさらにその後はアメリカに抑圧された生活を強いられてきた沖縄の人たちの長年蓄積された怒りが爆発した形で起きた騒動とされている。
一晩で約80台ほどの米軍関係の車両が沖縄の人たちの手によって火を点けられたらしいけど、死者は一切でなかったというのが驚き。
アメリカ(基地も含め)と共に生きてきた沖縄の人たちにとっての「本土復帰」とは....
1972年の沖縄返還。表面上は確かに日本に返還されたかのようにみえるけど。沖縄の人たちにとっては意にそぐわない内容も多かったのだとか。
基地の問題もその一つで、普天間基地の返還から辺野古基地への移設問題については今でも争われていてる。
今でも米軍基地の7割は沖縄県に集中しているというのが現実なのだ。
沖縄の人たちの想いは本土の人たちには決して理解できるものじゃない。理解したつもりで歩み寄っても、「全然わかってない」となる。
それでも、
宝島を通して思ったこと。それは、沖縄をこのままにしてはいけないという反骨心を持つ人たちがいて、その人たちのおかげで今の沖縄があること。
前を向いて生きてきた沖縄の人たちのおかげで今に繋がっているということ。
「宝島」、観てみてほしいです。
沖縄を少しでも知るために。
本日も最後までお読みいただきありがとうございます🌺